最高裁判所第三小法廷 昭和57年(あ)1264号 決定 1982年11月26日
本籍
静岡県伊東市川奈九五四番地
住居
川崎市麻生区百合丘一丁目一番二六号
会社役員
西原浩
昭和一六年四月二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五七年七月一九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人渡名喜重雄の上告趣意は、憲法三六条違反をいうが、その実質は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治)
上告趣意書
被告人 西原浩
右の者に対する所得税法違反被告事件について上告趣意を次の通り述べる。
原審判決は日本国憲法第三六条に違反する。
けだし原判決は被告人を懲役六月、罰金一、二〇〇万円に処し、罰金についてはその未納につき一日三万円の割合にて労役場に留置するというものである。
被告人及当弁護人は第一審の判決後未納分の税金及その重加算税について、これを納付すべく努力し、国税庁との間にも手形による納付約束を取付けこれを実行して来たものである。被告人は東京国税局による摘発を受けた当時有した資産を、国税局当局者が、その使用を特に禁じなかったため、来るべき納税資金を作るため他に投資し、これが回収不能となったために、新たに借財を為し、目下小田急百合ケ岡駅前並に東急菊名駅前にて喫茶チェーン店を開設創業上の努力を集中している最中であって、その収益力にもどうやら見込がついたことにより国税局に対し手形納税の約束も成立したものである(国税局は被告人の事実上経営する両店舗を視察しその収益性を調査の上手形納税を認めた)ことは、つとに原審において立証したところである。
右新企業は、形式上会社組織をとっているが、その実体は被告人個人の信用と才覚及その努力に負っているものであり、被告人がこれらの企業に直接たずさわり得なくなれば、例え半年の間であっても同業競争社会の中において企業が成り立ち得ないことは火を見るよりも明らかである。
即ち被告人は原判決によりその身柄を国家に拘束され生産の手段を失うと同時に、国家から被告人の生産性をその前提とした納税約束を強いられるという二律背反の義務を強いられるばかりか、新たな財産権の確立の見通しも奪われることになるのであり納得し難い。
所謂残虐な形罰とは不必要な精神的、肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる形罰ということであるが、単なる懲役刑の実刑判決であったとしてもそれが既述のような同じ国家に対する被告人の義務と二律背反となるときは右定義に合致こととなると信ずる。
然らば被告人のように手形納税をした者に対し裁判所は懲役刑の実刑判決を為し得ないかという論に対しては次のことを考慮すべきである。
被告人にとって事実上前記納税義務と体刑としての実刑判決が二律背反となるか否かを充分審理した上、然らざる場合にのみ実刑判決が許されるべきである。三権分立、裁判の独立とはいっても司法と行政は被告人の立場からは同じ国家でありその単なる二面にすぎず、これらの国家機関の分立等は全て国民の基本的人権をよりよく擁護するために確立されたという歴史的見地から見ても右のような事実上の量刑の制限は違法ではないと信ずる。
また、自ら告発しておきながら被告人の企業家としての才覚と、その納税意欲及びその実現性を信頼して手形納税を認めた国税当局の被告人に対する信頼は、当然裁判上でも慎重に扱われるべきことは論をまたない。
以上
昭和五七年十月一二日
弁護人弁護士 渡名喜重雄
最高裁判所第三小法廷 御中